メモリアル・散骨 やすらか庵 

お墓について






行き場の無いお骨
 都市部においては身近な場所に手軽な価格で墓地を求めることが困難なため、身内の方のお葬式は済ませても、やむを得ずアパートやマンションなどの自宅にお骨を保管している方が年々増えています。仕事上の理由で地方から都市部へ移り住んだ場合、お墓を買えない、あるいは買わない理由として次のようなことが考えられます。

 *身近な場所に手軽な価格で買える墓地が無い
 *老後は故郷に帰るかもしれない
 *転勤する可能性がある
 *子供がいない、あるいは子供がいても遠くに住んでいるので、墓地を購入してもお参りしてくれる人がいない
 *墓はいらないと思う
 *死んでまでアパートやマンションのような墓地に入るのはいやだ
 *家族と仲が悪いので、一緒のお墓に入りたくない
 *経済的な余裕がない

 葬儀後に斎場から持ち帰ったお骨は、墓地に納骨しなければならないという法律はありません。ましてや斎場で荼毘に付されたお骨は持って帰らなければならないという法律は無いので、極端な話、お骨は全部置いてきて、斎場で処分してもらっても構わないのですが、なかなかそういう思い切ったことはできないものです。もし仮にお骨はいらないと言っても家族や親族の猛反対にあうでしょうし、冷たい人間だと、人間性を疑われるかもしれません。

 そうして自宅に持ち帰ったお骨は行き場の無いお骨として仏壇や押入れに保管されるのです。地下鉄の忘れ物には傘やバッグなどの他に位牌やお骨まであるそうです。忘れるということ自体、不可解なことですが、取りに来ないのですから、処分に困った持ち主が意図的に置いていったのかもしれません。

 お骨を自宅に持ち帰り、埋葬すべきお墓が無い場合、仮に仏壇に安置したとしても、いずれお墓に納骨しなければ故人の霊が浮かばれないのではと思うと、安らいだ気持ちで日々を過ごすことはできません。また故郷を離れて自分達の代から都会暮らしを始めたような場合は仏壇を持ってないものなのです


お墓の歴史
 私達の祖先は、はるか遠い昔、共同生活するようになってからは人が死ぬと、一定の場所に捨てたり埋葬する習慣がありました。縄文・弥生時代を経てクニができ、支配者がでてくると、その権力を示すために大きな墓を作ったのが古墳です。古墳は死後の世界をあらわし、死後にも豊かな生活が送れるように、そして再生の願いを込めて豪華な副葬品を入れたのです。しかし古墳に眠ることができたのは一部の権力者だけで、ほとんどの人が穴を掘って埋めたり、一定の場所に捨てられていたのです。

 中世になって仏教の影響を受け、文武4年(700)僧道昭の遺言により火葬にされたのが、火葬の始まりということになっていますが、この頃から遺骨を壷に入れて埋葬する方法がでてきます。しかしまだ庶民は土葬や山野に放置するやり方が主流でした。

 近世になって仏教が浸透してくると、貴族が石塔を建てたり寺院に墓地を建てたりしています。檀家制度により全ての人がお寺の檀家になると、裕福な者は埋葬した盛り土の上に石塔や塔婆を建てましたが、庶民は盛り土をして石などを上に置く程度でした。

 明治維新によって檀家制度は解放されましたが、それまでに築かれた寺と民衆との絆は固く、現代に至っても仏教徒の占める割合は他の宗教に比べて群を抜いています。しかし檀家の方は、案外自分が仏教徒だという認識を意外と持っていないもので、お寺は死んだ時に世話になるところぐらいの感覚の人が多いのが現状です。

 現代は人口の都市部への集中などで郊外に大規模の霊園が作られるようになりました。また墓の形式も自由になり、芸術作品のような墓や詩を刻んだものなどがありますし、材質もステンレスやプラスチックなども使われます。最近は自然を配置して公園風にアレンジした公園墓地に人気があるようですが、なかなか気軽に買える値段ではありません


供養のこころ
 お墓というものは、古墳時代からすでにそうでしたが、後世にも残るものだけに、権力者が自分の権力の証として大きくて立派なものを作りたがるものなのです。現代においてもお墓は家柄を表すという考え方がありますので、こだわる人は何千万円もかけてお墓を作ります

 はたしてお墓の本来の目的って、何なのでしょうか。仏教の発祥の地インドではお墓は作りません。人が死んだらガンジス川の岸辺で焼いて、遺骨は全部川に流しますし、お釈迦様も墓を作りなさいなんて言ってないですから、仏教ではなさそうです。もちろんお釈迦様は特別な方ですから、お釈迦様の徳をたたえて仏舎利塔は建立されています。

 現在のお墓は歴史の中でさまざまな影響を受けて我が国特有のものになったものですけれど、死者の再生を願い或いは逆の意味で、二度とこの世に戻ってこないように作られたもので、また先祖祀りを行う場所でもありました。家という制度が定着してからは、その家がいつまでも続くようにとの願いが込められているように思います。何十という祖先からの墓が並ぶその端に自分が立ってみると、次は自分の番なんだなという実感が湧き、今までのご先祖様の歩いてきた道の長さを痛感し、今何をやったらいいかが分かる場所なのかもしれません。その時に無心になって手を合わせるのが供養の心だと思います

家族制度とお墓
 現代のお墓は家族制度の上に成り立ってきたものですが、都市部では家族制度がどんどん崩壊し、それぞれの世代ごとに住む場所が変わっていくので、一代限りのものになりつつあります。そうなると子孫のものはあちこちのお墓を任される訳で、お盆やお彼岸のたびにあちこちのお墓に参ることはもはや不可能になってきます。

 それを考えると将来は無縁墓地になってしまうようなお墓を買うのはためらってしまいます。都市部では都市部の考え方でやっていかないといけない事態に、いろんな新しい団体ができて、新しい葬送の試みがなされているのです。

 やすらか庵では、海洋葬を新しい試みだとは思っていません。インドに旅した時も人が亡くなった時に遺骨を川に流し、それが海に流れていく様を見た時に、自分も永遠にぐるぐるとまわる循環の中の一コマにすぎないと痛感いたしました。ごく当たり前のことだと思います。墓を作らなくても、心の中に墓を持ち、供養の気持ちを持ち続ければよいと思います


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